
取引先の食品メーカーから1通のメールが届いた。「来期の調達評価に、SBT整合サプライヤーかどうかの項目が加わります」。冷凍倉庫の営業部長は「SBT」を初めて聞いた。検索してみると「Science Based Targets(科学的根拠に基づく目標)」——パリ協定の1.5℃目標に整合したCO2削減目標を設定し、第三者機関の認定を受ける国際的な枠組みらしい。「うちは倉庫業だ。工場で製品を作っているわけでもないのに、CO2の科学的目標なんて何を設定するんだ?」——その疑問は自然です。でも、食品メーカーにとって冷凍倉庫は**Scope 3(カテゴリ4:上流輸送・保管)**の排出源そのものなんです。
この記事では、(1) SBTi Net-Zero Standard V2で何が変わるのか、(2) なぜ冷凍倉庫業が真っ先に影響を受けるのか、(3) 従業員45名の冷凍倉庫を想定した業務シミュレーション、(4) ESG専任者なしで「SBT整合サプライヤー」を名乗れる状態に近づく方法、を順にお話しします。
SBTi V2の3つの構造変化と冷凍倉庫への影響
SBTi Net-Zero Standard V2——「目標を立てたら終わり」の時代が終わる
まず結論から。SBTi Net-Zero Standard V2(2026年リリース、2028年1月1日から義務適用)は、従来の「目標を認定してもらったら完了」という一回限りの構造を根本的に変えます。V1.3は2027年12月31日まで新規申請に有効ですが、V2への移行は避けられません。
SBTi Net-Zero Standard V2は、企業のネットゼロ目標設定・検証に関する国際基準であり、V1からの主要変更点として、(1) 継続的検証サイクル(Entry Check→Initial Validation→Renewal→Spot Check)の導入、(2) Scope 3目標の多様化(活動ベースKPI:サプライヤー整合率、リサイクル可能性等)、(3) 第三者検証と移行計画の義務化、を含む。企業カテゴリA(大企業・厳格)とB(SME・簡素化)に区分される。
——SBTi Net-Zero Standard, Version 2.0 https://sciencebasedtargets.org/net-zero
V2の3つの変更点を、冷凍倉庫業の視点で読み解きます。
変更1:継続的検証サイクル。 V1では「目標を認定してもらったら次のマイルストーンまで放置」が可能でした。V2ではEntry Check→Initial Validation→Renewal→Spot Checkという4段階のサイクルが導入されます。つまり、認定を受けた後も定期的に「本当に目標に向かって削減しているか」を検証される。冷凍倉庫にとっては、毎年のデータ更新が前提の仕組みに変わるということです。
変更2:Scope 3目標の多様化。 V1のScope 3目標は「総排出量の○%を削減する」という絶対量削減が基本でした。V2では活動ベースKPIが導入され、その中に「サプライヤー整合率」——つまりSBT目標を持つサプライヤーの比率——が含まれます。食品メーカーがあなたに「SBT整合サプライヤーかどうか」を聞いてきた理由が、ここにあります。
変更3:第三者検証と移行計画の義務化。 2035年以降は「継続的な排出責任(responsibility for ongoing emissions)」が求められ、削減計画だけでなく、その計画をどう実行しているかの証拠を第三者機関に示す必要があります。
Scope 2の地理的・時間的マッチング強化
冷凍倉庫業にとって最も影響が大きいのは、再生可能エネルギー証書の地理的・時間的マッチング要件の段階的強化です。
| 時期 | RE証書のマッチング要件 |
|---|---|
| 現行 | 50% |
| 2030年〜 | 75% |
| 段階的に | 90%(最終目標) |
つまり、「全国一律の再エネ証書を年間一括で購入する」ことでScope 2をゼロと申告する方式は、今後通用しなくなっていきます。「この倉庫がある地域で、この時間帯に、実際に再エネが発電されていたか」を証明する必要が出てくる。年間180万kWh、しかも冷凍設備が24時間365日稼働している冷凍倉庫にとって、これは小さくない変化です。
なぜ冷凍倉庫業は「SBT整合サプライヤー」の最前線に立たされるのか
「倉庫業がなぜ?製造業でもないのに」——この疑問に対する答えは、冷凍倉庫のエネルギー構造にあります。
理由1:電力消費が圧倒的に大きい。 冷凍庫(-25℃)2室、冷蔵庫(5℃)3室、常温倉庫1室の構成で年間約180万kWh。しかも**冷凍設備が全体の70%**を占めます。これは同規模の一般倉庫の数倍の電力消費量です。食品メーカーのScope 3において、冷凍保管は物流コスト以上にCO2排出の「ホットスポット」なのです。
理由2:冷媒のGWP(地球温暖化係数)が極めて高い。 冷凍倉庫が使用するR404AのGWP値は3922——つまり、R404Aが1kg漏洩すると、CO2換算で約3.9トンに相当します。R410AのGWPも2088です。冷媒の補充量は年間数十kgに達し得るため、Scope 1の排出量が冷媒漏洩だけで数十〜数百トンCO2eに上る可能性がある。この冷媒起源のScope 1排出量は、食品メーカーのSBT目標においてScope 3カテゴリ4に計上されます。
理由3:SBTiのカテゴリB(SME簡素化)が適用される。 V2では企業規模により**カテゴリA(大企業・厳格)とカテゴリB(SME・簡素化)**に区分されます。従業員45名の冷凍倉庫業はカテゴリBに該当し、算定の簡素化が認められますが、データ提出義務自体はなくなりません。簡素化されるのは方法論であり、やらなくてよいわけではないのです。
思考実験——従業員45名の冷凍倉庫会社に何が起きるか
ここからは、具体的な業務シミュレーションで「SBT整合サプライヤー」になることの負担を見ていきます。あくまで構造を理解するための思考実験です。
想定企業プロフィール
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| 業種 | 冷凍冷蔵倉庫業(食品保管・物流拠点) |
| 従業員数 | 45名 |
| 設備 | 冷凍庫(-25℃)2室、冷蔵庫(5℃)3室、常温倉庫1室 |
| 年間電力使用量 | 約180万kWh(冷凍設備が全体の70%) |
| 冷媒 | R404A(GWP=3922)、一部R410A(GWP=2088) |
| 主要取引先 | 食品メーカー3社、外食チェーン2社 |
| ESG専任 | なし(営業部長が兼務) |
| データ管理 | 電力請求書(紙)、冷媒補充記録(メンテナンス会社の報告書) |
SBT整合に必要な作業——営業部長に降りかかる7つの業務
「SBT整合サプライヤー」を名乗るためには、「目標を立てる」だけでは足りません。V2の継続的検証サイクルに耐えるデータ基盤を構築し、毎年のRenewalに対応する必要があります。営業部長が兼務で対応する場合の年間工数を分解します。
| 作業項目 | 推定年間工数 |
|---|---|
| Scope 1算定:冷媒漏洩量の計算(R404A/R410AのGWP値適用、補充記録の収集・突合) | 約20時間 |
| Scope 2算定:施設区分別の電力消費量集計(冷凍/冷蔵/常温の按分、ピーク管理) | 約18時間 |
| Scope 3推計:取引先5社への配送、従業員通勤、廃棄物処理の概算 | 約15時間 |
| SBT目標の設定:基準年の選定、削減経路の計算、SBTiへの提出書類作成 | 約20時間(初年度のみ) |
| 移行計画の策定:冷媒転換計画、省エネ投資計画、再エネ調達ロードマップの文書化 | 約18時間 |
| 第三者検証対応:証跡の準備、検証機関とのやりとり、指摘事項の修正 | 約22時間 |
| 取引先別の報告書作成:食品メーカー3社+外食チェーン2社、各社フォーマットの違いに個別対応 | 約22時間 |
| 継続的検証サイクルへの対応:年次データ更新、Renewal書類、Spot Check対応 | 約20時間(2年目以降) |
| 年間合計 | 約155時間(初年度は約175時間) |
年間155時間。営業日換算で約20日分——丸1か月です。従業員45名の冷凍倉庫で、営業部長が取引先への営業活動、倉庫の稼働管理、スタッフのシフト調整をこなしながら、毎年1か月分をSBT関連の書類作業に費やす。しかもこれは「最初の1社から聞かれたから対応する」話であり、V2のサプライヤー整合率KPIが本格化すれば、残り4社からも同様の要求が来る可能性が高い。
構造的に重たいのは「冷媒」と「取引先別フォーマット」
特に負担が集中するのは次の2つです。
冷媒漏洩の算定(20時間)。 R404AのGWPは3922です。メンテナンス会社からの補充記録を集め、前年末の冷媒残量と今年末の残量の差分から漏洩量を推計し、GWP値を掛ける。計算式自体は「漏洩量kg × GWP = tCO2e」とシンプルですが、メンテナンス会社の報告書が紙であること、補充日と報告日がずれていること、複数の冷媒が混在すること——これらが作業時間を膨らませます。
取引先5社への個別報告(22時間)。 食品メーカー3社と外食チェーン2社は、それぞれ異なるフォーマットでデータを要求してきます。ある会社はExcelテンプレート、別の会社はWebポータル入力、また別の会社はPDFの報告書形式。同じデータを5つの形式に転記する——この作業に年間22時間かかるのです。
Before/After:冷凍倉庫のSBT整合対応フロー
| 業務工程 | Before(紙+Excel手作業) | After(一次証憑自動抽出型) |
|---|---|---|
| Scope 1(冷媒漏洩)の算定 | メンテナンス会社の紙報告書を手動集計、GWP値を手計算(20時間/年) | 報告書のメール転送で冷媒種別・補充量を自動抽出、GWP値を自動適用 |
| Scope 2(電力)の算定 | 電力請求書(紙)を月別に転記、施設区分別に手動按分(18時間/年) | 請求書転送で18地域以上の排出係数エンジンが地域・年度に応じた係数を自動適用、施設区分別に自動按分 |
| Scope 3の推計 | 取引先・配送業者へ個別照会、推計計算を手動(15時間/年) | 配送・廃棄物データの転送で自動推計 |
| 取引先5社への報告 | 5社×異なるフォーマットに個別転記(22時間/年) | 同一の統合台帳からSSBJ・CBAM・PACT等の複数フォーマットを同時自動生成 |
| 第三者検証対応 | 証跡の事後作成、Excelでの説明資料準備(22時間/年) | **暗号台帳(WORM台帳)**が全過程を自動記録——改竄は物理的に不可能、検証機関が独立に真正性を確認可能 |
| SBT目標の進捗管理 | 年1回の手動集計で「達成/未達成」を確認(20時間/年) | 30の正規化メトリクスでE/S/Gを横断的に追跡、継続的検証サイクルに自動対応 |
| 年間合計 | 約155時間(約20営業日) | 証憑のメール転送のみ |
冷媒R404Aの「時限爆弾」——冷凍倉庫が見落としがちなScope 1リスク
SBTの文脈で冷凍倉庫業が最も注意すべきは、実は電力(Scope 2)ではなく**冷媒(Scope 1)**です。
R404AのGWP=3922という数字の意味を、もう少し具体的に考えてみましょう。仮にR404Aの年間漏洩量が30kgだった場合、Scope 1排出量は30 × 3922 ÷ 1000 = 約117.7 tCO2eです。一方、Scope 2(電力)は180万kWh × 0.000441 tCO2e/kWh(日本の電力排出係数)= 約793.8 tCO2e。冷媒漏洩だけでScope 2の約15%に相当する排出量が発生しています。
しかもR404Aはキガリ改正(モントリオール議定書)により段階的に生産量が削減されており、代替冷媒(R448A、R449A、自然冷媒CO2/NH3等)への転換は、SBTの移行計画において必須の記載事項になります。V2の第三者検証では「冷媒転換の計画はあるか、その計画は実行されているか」が確認ポイントになるのです。
「SBT整合サプライヤー」になるために——Marupass
ここまで読んで、「規制構造は分かったが、ESGの専門家もいないうちで何をすればいいのか」と感じた方へ。Marupassは、まさに「SBTと言われても何のことか分からない」レベルのSMEが、最小限の負担で「SBT整合サプライヤー」に近づけるよう設計されています。
冷媒漏洩の算定を「メール転送1回」に
メンテナンス会社から届く冷媒補充の報告書をメール転送するだけ。AIが冷媒種別(R404A/R410A)と補充量を自動抽出し、GWP値を自動適用してScope 1排出量を算定します。「GWPって何?」を知る必要はありません。
電力の施設区分別按分を自動化
紙の電力請求書をスマートフォンで撮影してメール転送。18地域以上の排出係数エンジンが日本の電力排出係数を自動適用し、冷凍/冷蔵/常温の区分別に按分します。V2で求められるRE証書の地理的・時間的マッチングにも、データが蓄積されていれば段階的に対応可能です。
5社への報告を1つのデータから同時生成
食品メーカー3社と外食チェーン2社がそれぞれ異なるフォーマットを求めてきても、Marupassのマルチフレームワークアダプターが同一の統合台帳からSSBJ、CBAM、PACT V3等の形式を同時に自動生成します。転記作業は発生しません。
V2の継続的検証サイクルに耐える暗号台帳
V2の最大の変化は「毎年データを更新し、検証を受ける」ことです。MarupassのWORM型暗号台帳は、データの追記のみを許可し、削除・書き換えをシステムレベルで禁止しています。さらに敵対的監査エージェントが矛盾や異常値を自動検出するため、第三者検証の前に「自社に甘い算定」がはじかれます。検証機関が「ゼロから監査する」のではなく「暗号的に保証されたデータを確認する」作業に変わり、検証コストが構造的に下がります。
社内FAQ——「SBTって何?」に関する社内の疑問
| 想定質問 | 回答 |
|---|---|
| 「SBTって何?うちは倉庫業でCO2の目標なんて関係ないのでは?」 | SBTは企業の温室効果ガス削減目標を科学的根拠に基づいて設定する国際枠組みです。冷凍倉庫は食品メーカーの**Scope 3(カテゴリ4:上流輸送・保管)**に該当するため、取引先がSBT目標を持っている限り、あなたのデータが必要になります。V2では「サプライヤー整合率」がKPIに含まれるため、要求は今後さらに強まります |
| 「目標を申請するのに何百万円もかかるんでしょ?」 | SBTiはSME向けの簡素化ルート(カテゴリB)を用意しており、申請コスト自体は大企業より低く抑えられます。問題は申請コストよりも、申請に必要なデータの準備と毎年の更新工数です。ここを自動化できるかどうかが費用対効果を分けます |
| 「電力会社からの請求書を見れば排出量は分かるのでは?」 | 電力消費量は分かりますが、SBTが求めるのは(1) 施設区分別の按分、(2) 適切な排出係数の選定と根拠文書化、(3) RE証書の地理的・時間的マッチングの記録です。請求書の合計kWhだけでは検証に耐えません |
| 「冷媒のことはメンテナンス会社に任せているから問題ない」 | メンテナンス会社は冷媒の補充と整備を行いますが、排出量の算定と報告はあなたの責任です。補充記録から漏洩量を推計し、GWP値を適用してtCO2eに換算する作業は、倉庫運営者が行う必要があります |
| 「対応しなかったらどうなる?」 | 法的罰則はありませんが、取引先の食品メーカーが調達評価にSBT整合を組み込んだ場合、調達スコアが下がる→発注量が減る→取引解消というビジネスリスクが生じます。主要取引先5社のうち1社が評価を導入し、3社が追随するのに1〜2年と考えれば、準備に使える時間は短いです |
| 「V2は2028年からだから、まだ2年ある」 | V2の義務適用は2028年1月ですが、取引先の食品メーカーは自社のSBT目標達成のために今からサプライヤーのデータを求めてきます。冒頭のメールがまさにその前触れです。SBTの排出量データは年間単位で蓄積されるため、「来年から始めます」では過去のデータがゼロのまま。今年度のデータ蓄積を始めないと、来期の調達評価に間に合いません |
WORM AUDIT LEDGER
IMMUTABLE ・ APPEND-ONLY ・ SHA-256
電力請求書_2026年2月.pdf → 株式会社あひる冷凍
1,620,000 kWh × 0.000441 = 714.42 tCO2e
SHA-256 ハッシュ → 改竄不能台帳に記録
E-1.1, E-1.2 → EcoVadis テンプレートに反映
Adversarial Auditor: PASS(脆弱性 0件)
まとめ
SBTi Net-Zero Standard V2は、「目標を立てたら終わり」から「継続的に検証される」へと、サプライチェーン全体の構造を変えます。冷凍倉庫業は、高GWP冷媒(R404A)のScope 1排出と年間180万kWhのScope 2排出により、食品メーカーのSBT目標達成における重要なデータ供給源です。V2の「サプライヤー整合率」KPIが本格化すれば、5社すべてから同時に要求が届く可能性があります。
対応に必要なのはESGの専門知識ではなく、日常の証憑(電力請求書、冷媒補充記録)をそのまま取り込み、取引先の求める形式に自動変換し、第三者検証に耐える証跡を暗号的に保持する仕組みです。最初の一歩は、先月の電力請求書1枚をメール転送してみること。Marupassの無料診断で、冷凍倉庫のCO2排出構造が可視化されます。